
前回のコラムでは同期として、選手を続けている俊輔について書いたけど、今回は、引退を決意する選手の葛藤について書こうと思う。
引退する選手の後ろ姿を見せてくれたのが、井原さんだった。
マリノス時代の井原さんはアジアの壁としてピッチに君臨していたから、その時の凄さを書くつもりはない。
2002年のシーズン終了後に、いつも呼んでもらっている井原さんの家で、奥さんの手料理に満腹になった頃、井原さんから尋ねられた。
「オカ、J2ってどう?」
そして、J2のあるチームからオファーがあると教えられた。
俺はJ2のレベルなどを正直に伝え、
「俺は井原さんにJ2を経験してもらいたいです。」
迷っている井原さんを初めて垣間見た。
悩んでいる理由は、井原正巳として、満足なプレーが出来なくなったから。潔く身を引くか、ボロボロになるまで続けるか。
相手先の評価としては、井原正巳にオファーを出す上で、恥ずかしくない金額を提示してきていた。
後日、井原さんから伝えられた。
「オカ、いろいろ悩んだけど、引退する事に決めた。」
初めて、他人の引退を非難した。
「井原さん、ずるいわ。ボロボロになるまでやってくださいよ。」
いつも怒られて謝るのは俺なのに、その日だけは、
「オカ、ゴメンな。」
初めて、井原さんが俺に謝った。
練習生でマリノスに入団したから、スーツを1着も持っていなかった。背格好が似てるからと、着なくなったスーツや私服を10着以上、数えきれないほどもらった。どれも有名ブランドで、着の身着のまま来た、田舎者が急にオシャレを謳歌するようになった。
フランスW杯の大事な調整をするパートナーとして、サイパンの自主トレに連れてってもらえた。オフ期間こそ大事なんだと教わった。
初めて先輩の家に招待してもらったのも井原さんだった。
家が豪邸で、奥さんの手料理がフランス料理のフルコースやった。お世辞じゃなく、信じられんくらいの豪華な食材を手間暇かけて、振舞ってくれた。
正直に言うと、井原さんの食事での話しはあまり面白くはなかった。いつも、何かしら説教されてたから(笑)。
だけど、奥さんの料理は井原さんの小言を我慢しても、充分に幸せな満腹感を得られるから、10回以上はご馳走になった。能活さん、マツくん、丸山さん、平間君、シュン。その当時の寮生たちは、いつも井原さんに家に呼んでとおねだりをして、大勢で押しかけたな。
俺がセレッソ大阪で、井原さんが浦和レッズの選手として対戦した時に、途中交代を命じられ、監督に反抗的な態度をとった。試合後に井原さんからめちゃくちゃ怒られた。
「あんな態度をとるやつはサッカー界で干されていく。二度とあんな振る舞いをするな。」それ以来、生意気な振る舞いをすることはなかった。
そんな師弟関係の下っ端の俺が師匠の引退にどうこう言える立場じゃないのに、感情をぶつけずにはいれなかった。
「井原さんを必要としているチームがあるのに、どうしてサッカーを辞めるんですか?俺が言うのもなんですけど、こんな終わりかたは、井原正巳として、カッコよくないですよ。まだまだ、やれるところを見せてくださいよ。」
「オカが言いたいことは、分かってるし、俺もまだまだやれるとは思う。だけど、絶対的なプレーが出来なくなっていくなかで、誤魔化しながらサッカーをするのは違うかなと。それに、俺自身も監督という新たな夢にチャレンジしたいというのが本心やな。だから、納得して引退出来るんだ。」
理解したからなのか、憤りからなのか、寂しさからなのか、自分でも分からないけど、おもいっきり泣いた。
「俺はボロボロになるまでサッカーやりますから。」
ふてくされながら、捨てゼリフを吐いた。
「オカがいつまでサッカーを続けていくのか楽しみにしてるからな。」
「じゃあ、井原さんが監督になったら、選手として獲ってくださいよ。」
「それは嫌や。お前みたいなすぐブーたれて、泣きわめく奴は、監督として、1番扱いにくいわ(笑)。」
あれから15年。
いまでも、年賀状のやり取りをさせてもらっているけど、サッカー選手の写真を載せて、井原さんにまだまだ選手をやっているアピールをしているのに、オファーが届いた試しがない(笑)。
1978年4月24日生まれ。大阪府堺市出身。
初芝橋本高卒業後、97年横浜マリノスに入団。打点の高いヘディングを武器にデビュー戦から3試合連続ゴールを記録して一気に頭角を現す。大宮アルディージャ、横浜F・マリノス、セレッソ大阪、川崎フロンターレ、アビスパ福岡、柏レイソル、ベガルタ仙台、浦項スティーラーズ(韓国・Kリーグ)、コンサドーレ札幌と渡り歩き、13年8月から奈良クラブ(JFL)に所属。川崎フロンターレ時代に始めた試合後のマイクパフォーマンス“岡山劇場”がサポーター人気を集め、その後現在まで継続。14年4月24日には自身の著者「岡山劇場」を出版。
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