コノミヤ・スペランツァ大阪高槻 スポーツトレーナー 兼 フェリーチェ・レディース治療院 チーフトレーナー 加治奈津子氏

2017.03.23

コノミヤ・スペランツァ大阪高槻 スポーツトレーナー 兼 フェリーチェ・レディース治療院 チーフトレーナー 加治奈津子氏の写真

女性の身体は女性にしか分からない。
常に選手の命を守るファーストエイダーでありたい。

高校卒業後に平成医療学園専門学校に進学し、柔道整復師と鍼灸師の資格を取得した加治奈津子氏さん。在学中に学校の斡旋で女子サッカーチームに派遣され、スポーツトレーナーとしてのキャリアをスタートされました。現在はチームをサポートしながら「フェリーチェ・レディース治療院」のチーフトレーナーも兼務されています。そんな加治さんにスポーツトレーナーを目指したきっかけ、女性トレーナーとしての役割や自負、今後の展望についてお話を伺いました。(聞き手:木村仁美/執筆:高橋武男)

 

――スポーツトレーナーは男性中心の世界だと伺いました。そのなかで、加治さんがスポーツトレーナーを目指された理由を教えてもらっていいですか?

お医者さんに憧れたのが最初のきっかけですね。というのも私は小さい頃、喘息で身体があまり強くなくて、よく入院していたんです。患者さんを診察し、病気を治す医師の姿を見て、「将来はお医者さんになりたい」と思いました。その後、自分は文系タイプだと気づいてから進路に迷いが生じましたが、看護師など何かしら医療に関わる職業に就きたいという気持ちは抱いていました。

 

転機は高校時代です。部活のバスケ中に足を捻挫し、地元の整骨院にかかった際、院長先生に進路の相談をしたんです。医療の道を志していること、人と接するのが好きなこと、看護師に興味を抱いていることなど、いろいろと話を聞いてもらっていると、「人と接するのが好きなら柔道整復師という道もあるよ」とアドバイスをもらいました。

 

国家資格の柔道整復師は骨折や脱臼、捻挫、打撲、肉離れなどの外傷を治療する医療の専門家で、患者さんとマンツーマンで治療にあたるのが基本です。患者さんとのコミュニケーションが大切ですから、院長先生は私に勧めてくださったのだと思います。

 

もちろん、人と接するのが好きなだけで務まる職業ではありません。ですがバスケに打ち込んでいた私はスポーツに関わりたいという思いもあったので、看護師の道と天秤にかけて、最終的に柔道整復師を目指そうと決めました。アドバイスをしてくださった院長先生も柔道整復師だったので、その先生の影響も大きいですね。

 

――では高校卒業後は専門学校に進まれて?

柔道整復師や鍼灸師、スポーツトレーナーを育成する平成医療学園専門学校に進学しました。ところが学校で思わぬ壁を感じました。私が在籍していた柔道整復師と鍼灸師の両学科はともに男性中心で、女性は少なかったんです。周りからは「どうして女性がいるの?」「女性に何ができるの?」といった目で見られることもありましたね。

 

でも私は負けず嫌いなので、これまで何かあっても絶対に諦めたくないと思って生きてきました。自分から先に逃げ出すと、負けた気になってしまうので。強がりで変な性格だというのは自分でも認めていますよ(笑)。

 

そんな反骨精神(?)も持ちながら専門知識と技能を学んだ結果、柔道整復師と鍼灸師の両方の資格を取ることができました。さらに在学中(柔道整復師の資格を取得後、鍼灸師科に在籍中)に平成医療学園の斡旋で、大阪府高槻市を拠点に活動する女子サッカーチーム「コノミヤ・スペランツァ大阪高槻(なでしこリーグ2部)」にスポーツトレーナーとして派遣されることになりました。

 

――チームではどのような立場で働かれているのでしょう。先日、加治さんが治療されている様子を見学させていただいた際、一人ひとりの患者さんとしっかり向き合い、丁寧に治療されているのが印象的でした。女性の私が言うのも何なのですが、「加治さん、母性があるな」と(笑)。

 

いえいえ、先輩トレーナーからは「もっとしっかりしろ」と注意をされてばかりですよ(笑)。でもそうやって評価していただけるのは、コノミヤ・スペランツァ大阪高槻での経験が活きているかもしれません。

 

2012年にチームに入ったとき、私を含めて3名の女性トレーナーが同時に派遣されました。私以外の2名の女性トレーナーはともに経験豊富な先輩で、必要に応じて選手に厳しい指導もされていました。その中で私は何ができるのかなと考えたとき、選手に寄り添う役割が求められているのではと思ったんです。

 

怪我をして試合に出られない選手は精神的に不安定になりかねません。甘えさせるわけではありませんが、落ち込んでいる彼女たちの受け皿になるようなポジションを探りながら見つけていきました。

 

その後、先輩トレーナーが一人ずつチームから抜けられて、今年からチームのスポーツトレーナーは私ひとりになりました。現在はフォロー役と叱り役の両方を担っている感じですね。

 

怪我をした選手が不安や不満をそのまま態度に出してしまった場合、チーム全体の士気に影響を与えてしまう可能性があります。だから選手の思いを受け止めながらも、「気持ちを切り替えようよ」と注意することもあります。確かにお母さん化してきている気がしますね(笑)。

 

そうやって選手と接するときは、「こんなとき、先輩たちならどんな言葉をかけるかな?」と常に考えながら指導しています。3人体制だった当時の学びが役立っているんです。

 

――そんな加治さんは現在、女性アスリートのための治療院である「フェリーチェ・レディース治療院」をひとりで切り盛りしながら、定休日の水曜日にチームの練習に帯同されています。大変ではないですか?

どちらもやりたいことなので大変と思ったことはないですね。それよりもこの環境を与えてもらっていることに対する感謝の気持ちが強いです。

 

もちろん感謝するだけでなく、選手のコンディションを整えたり、怪我から一日でも早く復帰できるようサポートしたりするなど、スポーツトレーナーとしての役割を果たしていかなければならないと身を引き締めています。

 

――加治さんは派遣先のチームも治療院もともに女性が対象ですよね。女性トレーナーだからこそできる、女性の悩みに寄り添う指導があると思うのですがいかがでしょう。

 

女性アスリートは見た目や言動はサバサバしている人が多いですが、実際は繊細でメンタルの浮き沈みが激しい傾向があります。だから先ほども少し触れましたが、選手に対する声かけは重要ですね。

 

ただし、かける言葉は慎重に選ばなければなりません。「大丈夫」というひと言でも、「大丈夫じゃない」と内心で反発する選手もいれば、「トレーナーが言うから大丈夫なんだ」と前向きに捉えられる選手もいる。私たちトレーナーは、選手一人ひとりをよく理解する必要があります。

 

さらに女性の場合、試合に出たいという気持ちが強すぎて、怪我を隠そうとする選手がいます。無理に練習を続けると状態がさらに悪化し、チームに迷惑をかけてしまいかねません。トレーナーは選手の心身の状態を常に把握し、何かあれば監督やコーチに説明する義務があります。

 

とはいっても、怪我の状態をただ伝えればいいわけでもないのが難しいところですね。選手の思いや主張などに耳を傾け、怪我の状態も見極めたうえで、「いま彼女はこういう状態なのでここまでは可能ですが、それ以上はちょっと厳しいかもしれないですね」というふうに監督やコーチと相談する必要があります。私たちは選手と監督の架け橋となり、チームを勝利に導くための調整役としての立場が求められているのです。

 

――女性特有の身体を意識したサポートもされているのでしょうか?

身体を酷使する女性アスリートは頑張りすぎて生理が止まったり、骨粗しょう症になったりするリスクがあります。にもかかわらず、日本は女性アスリートに向けた身体の指導は立ち遅れているのが現状です。

 

試合に出て勝つことも大切ですが、引退後はひとりの女性として生きていくわけです。私自身も同じ女性として、第二の人生を歩む彼女たちの将来も見据えながらサポートするよう心がけています。

 

さらに女性に限りませんが、私たちスポーツトレーナーの究極の役割は選手の命を守ること、このことを忘れてはなりません。ファーストエイダー(最初に応急処置を施す人)としての役割をまっとうするのが大前提で、その先にチームの勝利があるのです。

 

――ありがとうございます。最後に将来の目標をぜひお聞かせください。

スポーツトレーナーを目指す若い人から目標にされるようなトレーナーに成長したいですね。トレーナーとしての経験をもっともっと積んで、女性だからこそできるサポートの在り方を確立していきたいと思います。

 

女性には様々なライフイベントがあり、その時々の状況に応じて働き方を見直す必要が出てくるかもしれません。それでも私は10年後も、変わらずスポーツトレーナーとして日々、走り回っている気がしますね。

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