デウソン神戸 広報・企画担当 Hさん

2017.04.07

デウソン神戸 広報・企画担当 Hさんの写真

チームの優勝には興味ない。
価値の提供でファンを呼び込む広報戦略。

サッカー少年からバンドマンに転身し、台湾ツアーで4万人を動員。その後バンド活動は7年で終止符を打ち、今度はIT会社を起業したH氏。現在はご自身の会社を2社経営しながら、フットサルチーム「デウソン神戸」の広報・企画の仕事をされています。今回はそんなH氏に、ユニークなご経歴やデウソン神戸と出会ったきっかけ、音楽出身者ならではの柔軟な発想で捉えたスポーツビジネスの現状、チームの具体的な広報・ウェブ戦略について語っていただきました。(聞き手:永広和也/執筆:高橋武男)

 

――いまHさんはデウソン神戸のウェブ戦略や広報をサポートされています。ご自身もスポーツをされていたのでしょうか?

バリバリのサッカー少年で高校までJリーガーを目指していました。中学時代は神戸市選抜にメンバー入りし、全国の選手権にも出場。でも高校を卒業する頃には、自分の実力ではプロは無理だと思った。

 

それでどんな道に進んだのかといえば、実はバンドマンです。スポーツから音楽なので唐突に感じるかもしれませんが、サッカーと並行して高校時代にバンドを組んでいました。高校卒業と同時にサッカーは引退し、趣味のバンド活動を本格化させました。

 

バンド活動ではメジャーデビューも果たしています。国内ではアルバムを2枚リリースし、アジアツアーにも力を入れていました。06年の台湾ツアーでは4万人の観客の前で演奏するまでバンドは成長しました。

 

――サッカー少年からバンドマンへの転身。その後、どのようなきっかけでデウソン神戸の広報に関わるようになったのですか?

バンド活動は7年ほど続け、07年に今度は自分でIT会社を立ち上げました。以降、自分の会社を経営する一方で、13年シーズンからデウソン神戸の広報・企画を外部委託で担当しています。

 

チームと関わるようになったきっかけは知人の紹介です。知人に誘われてFリーグ(日本フットサルリーグ)の試合を観戦した際にデウソン神戸の営業部の方を紹介されて、チームのウェブ戦略を担当するようになりました。

 

――現在はどのような形態でサポートされているのでしょう。

あくまで外部委託ですね。ですが当初と比べると、チームとの関わりは相当深くなっています。最初はいち外部業者という感じでしたが、16年シーズンから本格的に関わらせてもらっています。

 

広報の仕事はチームの経営戦略とリンクしているし、何より選手たちの協力なくしては成り立ちません。その意味で、僕たちのような外部の人間が広報で成果を挙げるためには信頼関係が大切になってきます。この3年間でチームの経営陣や選手たちと良い関係を築いてこられたと思っています。

 

――デウソン神戸ではどのような考えで広報戦略を立てているのでしょうか。

 

誤解を恐れずに言うと、僕はチームの優勝にはまったく興味がありません。もちろん試合には勝ったほうがすべてにおいて良いに決まっていますよ。でも応援に来てくれるサポーターやファンがいなければ、選手たちは広い場所でただフットサルという運動をしているだけです。

 

では勝てばサポーターが増えるのかといえば、そんなに簡単な話ではありません。たとえば阪神は勝っても負けても球場はいつも埋まりますよね。そのかわり、負けたときのファンのヤジはすごいですけど……。ともあれ阪神ファンは、チームの成績がどうあれ常に応援し続ける。

 

それは阪神という球団が、勝つ以外の価値を提供しているからです。同じように、デウソン神戸も「応援に行きたい」と思ってもらえるだけの価値をサポーターに提供し、数あるエンターテイメントからデウソン神戸を選んでもらうことを最終目標に広報戦略を考えています。

 

――勝つことに興味がないというのは、スポーツに関わる人間としては衝撃的な言葉です(笑)

スポーツに対する日本人の価値観は「人間ドラマ」だと思います。たとえば高校野球を考えてみてください。勝ち負けや上手・下手といった「野球」という競技そのものよりも、高校球児のドラマを観たいと思って甲子園に足を運びます。

 

球児たちは高校生活のすべてを白球に捧げ、文字どおり全力投球で甲子園で闘っている。だからとんでもないドラマが生まれるし、応援する側も手に汗握る。日本の場合、高校野球のように何らかの付加価値がなければ、エンターテイメントとしてスポーツが選ばれにくいと感じます。

 

その意味では、サッカー日本代表のビジネスモデルは優れていると思います。Jリーグの試合の場合、サポーターは真剣に応援しているけれど、日本代表の試合はみんなビールを飲んでいます。だからやたらみんなトイレに行く(笑)。少なくともJリーグの試合では見られない光景です。

 

つまり何が言いたいのかといえば、日本代表はコアファン以外の人、具体的にはサッカーのライトファン、あるいはスポーツバーなどで仲間と盛り上がるのが好きな人を呼び込んでいる。だからビールをバンバン飲むし、応援に来た記念にグッズも買う。

 

一方でJリーグのサポーターはシーズンシートを利用し、2000円と3000円の席を天秤にかけてどっちを買おうかと悩みます。純粋にスポーツを観る人はお金を落とさない。いかにお金をかけずに楽しむか――これもスポーツに対する日本人の価値観のひとつなので、変えることは難しいです。

 

――なるほど……。厳しい指摘ですが的を射ている気がします。

あと、これは本質論になるかもしれないですが、日本人って「優勝」にはそれほど興味を持っていないと思います。当然ながら国際大会で日本チームが優勝すればフィーバーしますよ。でも優勝は刹那的なので、その興奮は翌シーズンになるとリセットされてしまう。

 

なでしこジャパンがそうですよね。あるいはオリンピックの各競技も一時的には盛り上がっても、それがスポーツの文化として、生活の一部として根づくまでに発展はしない。

 

さらにデウソン神戸に関していえば、土地柄も影響しているかもしれません。神戸にはデウソン神戸のほかにヴィッセル神戸やINAC神戸レオネッサがあるし、隣の西宮には甲子園球場、そして大阪には神戸にルーツを持つオリックスがある。

 

選択肢が多くある中でデウソン神戸を選んでもらうためには、勝ち負けという枠組みを超えた柔軟な発想で人びとに価値を提供し続けなければなりません。

 

そもそも僕みたいな元サッカー少年でさえ、知人に誘われるまでFリーグの存在を知りませんでした。「Fリーグの存在価値ってあるの?」と。そこまで厳しい目で広報戦略を考えなければなりません。

 

――価値の提供で選ばれるチームになることが重要ということですね。広報戦略の具体的な取り組みを教えてもらってもいいでしょうか。

経済のグローバル化が進むいま、日本企業はグローバルな視野でビジネスを展開していますよね。スポーツ界は海外進出に出遅れ気味ですが、それでもJリーグがアジア戦略にも力を入れている。

 

このようにグローバルな視野で日本の強みを俯瞰した場合、世界に対抗できる日本のコンテンツってアイドルとアニメのみだと思いました。そこで、世界と伍して戦えるこの日本の強みをデウソン神戸の広報戦略に取り込むために、来シーズンからアイドルやアニメとのコラボも企画していこうと思います。

 

ビジネスとしてアイドルやアニメを見た場合、イベントなどでの客単価がずば抜けて高い。グッズの購入で平気で万単位のお金を使います。

 

グッズとは「思い出」であり、体験に紐づいた「お土産」だと思っています。人は、いつの時代もお土産にはお金を払う。それはなぜかといったら、体験や思い出をかたちで残したいから。だからスポーツチームがグッズを販売する際も体験と紐づけなければなりません。

 

デウソン神戸の具体例でいえば、たとえば昨シーズン、試合会場に「デウソン神社」を設置しました。社や賽銭箱を自作して会場に持ち込み、サポーターやファンに必勝祈願をしてもらうという企画です。この神社の設置と合わせてお守りグッズも用意しました。

 

なかなか強気の企画ですが、ふたを開けると大盛況でした。デウソン神戸に応援に行き、神社で必勝祈願し、記念にお守りを購入する。サポーターはそのすべてを体験として楽しみ、試合に勝敗とは別に「面白いのでまた行きたい」とSNSにアップして思い出を共有したくなる。

 

さらに別のSNS戦略としては、インスタグラムに写真を思わずアップしたくなるような工夫は常に凝らしています。無料で配る応援ハリセンもそのひとつです。僕たちの狙いどおり、サポーターはハリセンを持った写真をインスタにアップしてくれました。先ほど説明したデウソン神社なんて恰好の投稿ネタですから、ハリセン同様に写真をどんどんアップしてくれました。

 

SNSに投稿されるということは、宣伝がひとり歩きするようなものですよね。今後はSNS戦略を最重要項目として力を入れていきます。

 

――最後に今後の展望をぜひお聞かせください。

 

純粋なスポーツとしては、お金はどうしても動きません。これは仕方がないし、一つのチームだけの努力ではどうにも変えられません。ただし、「日本にはスポーツを観る文化がない」と愚痴をこぼすだけでは何も解決しません。むしろ、スポーツに携わる当事者自身がそんな価値観をつくり出してきたのかもしれないと思います。

 

だから真っ先に変わるべきは当事者側です。エンターテイメントでお金が動くなら、スポーツの試合とエンターテイメントをミックスすればいい。たとえばビールフェスタとフットサルの試合をセットにして、フェスタのチケットを購入すれば試合も観戦できるようにするアイデアも考えられますよね。

 

その上で、選ばれるチームになるために最終的に求められるのは、サポーターやファンの一体感を醸成することです。応援ハリセンはウェブ戦略の一環でもありますが、本当の狙いは試合会場の一体感を高めることでした。

 

サポーターやファンが試合会場で自発的に盛り上がる環境をつくることで、より多くの人が集まってくる。そんな場づくりを、今後も奇想天外(?)な発想も駆使しながら地道に行っていきたいと思っています

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